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祁答院の瞳が、力強く俺の瞳を見ていた。
「私たちは、消える為に生まれたのだろうか」
その問いは、既に答えが出ている。
生まれた事に意味なんてない。
「ただ、生まれたから生きてる。勝手に与えられたものなんだから、勝手に奪われても仕方ない」
俺は言い切ってやる。
「そうだな。だったら、君はどうして考えている。自らに問い直している?」
「そんなもの――」
何も残らない、残せない。
何も成し遂げられない。
考える時間もない。
「――っ」
「君の代わりに私が答えようか? それは」
「やめろ!」
こにょごにょにょにょんで第二種人類に情けなんて掛けられて堪るか。
「俺が言うから」
立ち止まってしまった。
揺れ動いてしまった。
そうじゃない! 違うとただ理由もなく言いたくて。
人は、それをこう言うんだろ?
「未練があるんだ」
その形は、とても漠然としている。
「何かを残したい、とか。何かを成し遂げたい、とか。そんな焦りや願望が心の底から滲みだしてくるんだ」
それは、どんなに飲み続けても枯渇することのない泉のよう。
「消失<ロスト>なんてなくても、私達はいずれ寿命を迎えて、土<データ>に還るだろう。そして、世代を積み重ねていく中で、次第に埋もれて忘れ去られていき、連なる数多くの先祖の中の一人でしか無くなる」
寿命で死ぬ。それもまた、自然の摂理<神様の取決め>だった。
「でも、それでも、何かは残るだろ」
亡くなっても、子孫の未来が紡がれていく。
少なくとも。その礎には、なっている。
「消失<ロスト>は何も残らない」
「本当にそうだろうか?」
消失<ロスト>はそういうものだ。
人の歴史の否定なのだから、残っていたら意味がない。
「君の名前を教えてくれるだろうか」
「明智光秀。特技は三日天下だ」
祁答院が微笑んだ。
「残っているじゃないか」
不覚にも、目を逸らしてしまった。
「その立派な名前は『誰か』が君に残してくれたものだ」
ああ。
どうしような。
このままじゃ──俺の名前が明智光秀で定着しちゃうよな。
俺はここに来て偽名を名乗った事を後悔し始めていた。
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