雨のち星空

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何とは無しにカフェの窓からの景色を見遣る。このカフェは二階が所謂カフェの仕様になっていて、一階は、二階でメニューに組み込まれているものを販売している。なので、此処のカフェからは下の販売店の前の景色がよく見える。相変わらず、空には灰色の雲が垂れ込めて、無数の雨粒が視界を煙らせている。 その中に、やけに立ち姿の美しい女がいた。雨の中でも一際鮮やかな赤色の傘を差している。 女は販売店の前に佇み、何かをじっと見ている。女の視線はこの距離では何処を向いているかなど分かりはしない。けれど、女の薄い肩と真っ赤な傘の傾き具合で俺はその女が何を見ているかを知った。 カフェの出口を出たところで、漣と稲瀬、そして後に続いた暁が何やら騒いでいたのだが、如何やらヒートアップしたようだ。暁の腕がとんっと漣の肩を押したので、漣の足元がふらついた。階段の方へ。勿論、あのままであれば漣は階下へ真っ逆さまだ。 俺は脇目を振らずカフェの外へ飛び出した。そして間一髪のところで漣の肩を捉える。稲瀬が胸を撫で下ろしたのが目の端に映った。 「何をしている。」 俺は暁の目を見て口を開いた。 「………暁、お前が元々ノリの良い奴だと云うことは俺が一番よく知っている。それに、それはお前の長所でもある。…しかし、今は昔と違って身体も大きくなり力も着いた。程度を弁えろ。」 もしも暁が漣をあのまま突き飛ばしていたら、否、本人達にそのつもりが無くとも、色々な意味で大変なことになっていた。 「………ゴメン。」 暁が少し項垂れて呟く。 「もう、大丈夫ですよ。漣のことですから、突き飛ばされて落っこちてもどうって事ないんですよ、どうせ。」 稲瀬がからからと笑って暁に向かってそう云う。………そうだった。稲瀬は時々こう云う女だった。 「まあ、もういい。…ついでに、下で何か買って行くか?」 階下を指してそう云うと、漣と稲瀬は無邪気に笑った。暁は照れ笑いのようなものを浮かべた。……甘いものを余り好まない俺が、無類の甘党の暁の為にそう云い出したことなど、恐らく此奴にはお見通しだ。 階段を下るとローファーが鉄製の階段に当たってカンカンと音を立てる。 階段の上の庇が切れて傘を差した時に、俺はあの女の姿がもう無いことに気付いた。
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