空の水筒

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 人生に必要な物はなんだと思う? 去年、高校に入学したばかりだった俺達に、校長が言った言葉だ。  曰(いわ)く、高校生活は、それを学ぶための期間である、と。  教育方針としては頷けるものかもしれない。人生に必要なもの、というのは、人によって異なるものだろう。しかし、個性という便利な言葉に甘んじるつもりは無いが、個人に合った将来も皆異なり、それに応じ必要なものも異なる。そして、誰しもがそれを見極められるわけではないという。  だからこそ、肌に合わないからと転職を繰り返す者も居て、時に挫折し自分の殻に閉じこもる事もあるのだろう。合う所があるならば、合わない所もあるのが人間なのだと。  しかし、それを社会に出てから判断するのは容易では無いだろう。会社という枠組みに収まり、その範囲内に行動が制限され身動きが取りにくくなれば、必然的に新しい発見も減る。  学生の内にそれを見つける事が出来る。それが理想的だ、というのが、この学校の校長の方針ようだ。 「調子はそうだ、宗司(そうじ)」  ふと、大西教諭が教室に入ってきた。痩せ型中背の若い男だ。  ここは家庭科室。学校の最果てとも言える場所にあり、部活動の朝練習が無い生徒達が登校するには少々早い時間。 「調子、ですか。健康ではあります」  俺は答え、足元の鞄から水筒を取り出す。しかし、軽かった。どうやら中身を入れ忘れていたらしい。しかし手持ちの金が少ないため、無闇に飲み物を買うのは得策では無い。 「体じゃなくて、心のほうは?」  どうしたらいいものか、と考えていたら、大西教諭が重ねて聞いてきた。 「相変わらずです」  俺は答える。 「そうだろうなあ」  大西教諭は二十半ばの歳にしては若さの欠ける深い溜め息を吐き、眉を寄せて頭を掻いた。
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