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「美味しいですね…。」
「こっちも美味しい。」
総二郎が去り、二人はそれぞれの甘味に手を伸ばす。
浅葱の食べた蕨餅は柔らかすぎず、固すぎない柔らかさの餅に優しい甘さが口の中に広がる。
お空の餡蜜も甘過ぎない蜜の美味しさがほどよく絡んだ白玉が口の中で独特の美味しさを広がらせるが、それは後を惹かず、すぐに消えてしまう。
灯台元暗し、あまり甘い物を口にしない二人はその美味しさに顔を輝かせる。
それがきっかけになったように二人は和やかに話しはじめる。
側から見れば仲むずまじい恋人だ。
「そういえば、仁和寺の桜がちょうど見ごろらしいわ。ちょうどこの近くだし…よかったら行かない?」
お空は二人の皿がそれぞれ空になったころ、思い出したようにそう言った。
「仁和寺ですか。確かによく皆さんが桜の名所だとおっしゃいますね。」
「だから私も行ってみたかったの。」
松屋は京の人間ならば一度は名を耳にしたことがあるほどの知名度を誇る名店だ。そこに生まれたお空はもちろん、奉公人の浅葱もこの時期に桜を見に行くなんて悠長なことはできない。
花より団子ということわざがあるくらいだから、皆花見には甘味なり、酒なりを持ち寄る。そして、どの桜の名所からもそこまで距離のない松屋には多くの客が押し寄せる。
その結果、浅葱やお空は花見ができるほど時間があくときには桜はとっくに葉桜になってしまっているのだ。しかし、松屋の前で大きく枝を広げた如月桜と皆が呼ぶ大樹が燃えるように美しい花を咲かせる。それを見るだけで浅葱は満足している。
しかし、今年は謎の火付けにより花見をする人が減っている。
特に伏見稲荷大社のほうに行く人は本当に少ない。
そしてこうして少しゆっくりできる時間ができた。実際は今も松屋では和彦や梅吉といったほかの奉公人は忙しく働いているわけなのだが…
まぁ、私は朝から藤平さんのぐちに永遠と付き合っていたわけだから少しくらい良いか。
浅葱は一瞬頭に浮かんだ二人があわただしく働く姿をそう思って打ち消した。
白夜が起きていたらすかさずからかっていただろう。
「いいですね。私もおつきあいしてもよろしいですか?」
そして二人は仁和寺に向かうことになった。
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