如月桜が燃え、総次郎は実はすごい人である。

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「はぁ…。」 <さっきからずっと溜息ばかりいい加減うるさい!> 「はぁ…。」 <聞いてんのか??> 夜に染まった京の街を歩きながら、何度もため息をつく浅葱。時は亥の刻を少しばかり過ぎたころ。当たり前のことだが、京の街には人っ子どころか、猫の子一匹いない。そして、明りもない。昼の喧騒がうそのような闇が支配する街を浅葱は明りなしでスタスタと歩いていく。ただし、たまに歩きながら何やら考えては深く深く溜息をつきながら。 そしてその横をこれまた同じようにスタスタと歩いている人の姿に化けた白夜が苛々と頭をかくと浅葱にどなる。 その怒鳴り声は、浅葱の耳を右から左に抜けると闇夜に吸い込まれて消えていく。 「ハァ…。」 <もう俺は、何も言わないからな!!!> そんなやり取りが通りを一本越える度にしていたが、とうとう五本目にして白夜は疲れたらしく何も言わない宣言をすると、黙ってしまった。 そして、闇夜に響くのは、浅葱の溜息と小さな二人分の足音だけとなった。 そして、にぎやかな街の少しはずれにある、伏見稲荷。 昔死にかけていた浅葱を助けた命の恩人である玉藻前の住処であり、彼女が使える稲荷の神、宇迦之御魂神の神殿でもある。 二人は木戸が閉まり閑散とした土産街を抜け、丑の刻参りで有名な山へと踏み込む。 月明かりも届かない暗闇にぼんやりと紅い鳥居だけが浮かぶ通りを抜けると木造の神殿が現れる。 <遅い!> そして、鳥居の群れの終わりには巫女服と言う神聖な衣服を身にまといながらも、妖艶な雰囲気が漂う一人の女性が腕を組みながら仁王立ちをしていた。 彼女の口からは怒声が上がり、二人はビクッと体を震わせた。 「すみません、玉藻様。」<また今度油揚げ買って来てやるから許してくれよ。> <言ったわね、白夜。楽しみにしてるわよ?> 白夜の言葉に彼女はあからさまにしてやったりとニヤリと笑う。 浅葱は無言で白夜の足を踏み、なんて余計なことを言ってくれたんだと抗議の意を示す。 これ以上狐代こと、油揚げ代が嵩む事は勘弁願いたい浅葱。 一文無しの狐は自分の分でかなり食べる癖に、やたらと気前がいい。 普通浅葱の年で手代ならばそれなりに溜まっているはずなのだが、浅葱の懐は割とさみしい。 それもこれも白夜のせいなのだ。取る割りに持って来ない狐の足を踏む権利くらい浅葱にはある。
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