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しばらく籐平が見とれていると、
パチパチ…
美しい光景に似合わない火のはぜる音がした。
「火事か!」
籐平は今まで桜を見ていた緩んだ表情から一瞬で青い顔になると慌てて周りを見渡す。火事と喧嘩は江戸の花とは言ったものだが、それは同じように建物が密集した京でも同じ事だ。
籐平は火元を見つけたとき凍りついた。
桜が燃えている…
桜並木の中の一本が燃えていた。
しかし、その姿はほかの桜より美しく、満開の花のように輝いている。
薄紅色の花が一瞬でその短い盛りを散らしていく姿は一瞬の美という言葉がふさわしく、見るものを妖しい世界に誘うようである。
艶めかしく燃える桜。
籐平は人を呼ぶことも、先を急ぐことなく何かに憑かれたように立ち尽くした。
パチパチと火がはぜる音はまるで桜の木が悲鳴を上げているようにも聞こえる。
しばらくすると、燃える桜の炎が一つ、二つと桜から離れて踊り回る。
大きさはちょうど大きな和金魚くらい。
桜の桃色の炎に青や緑、紅の炎の玉が浮かび上がる。
その姿はまるで花火のようだ。
「ひっ!鬼火じゃ!」
そんな美しい光景も深く考えれば妖の仕業。
しかもよく見れば生きているかのように目や口がある。
籐平は素早く我に返るとさっきまで見とれていたことも忘れて慌てて逃げ出した。
哀れな籐平はまた冷や汗を流す羽目になった。
「キヒヒヒヒ!」
「ヒャハハハハ!」
美しい鬼火たちは逃げていく籐平をただあざ笑って、燃える桜の周りで踊るように漂う。
「フフッ…桜は散り際が美しいっか。燃える姿の方が粋だわ。」
その様子を闇からにじみ出たような黒地に赤い椿の花の模様が美しい着物を纏った女性が見て、楽しげに笑うとまた闇に姿を消した。
そして、籐平が必死になって呼んだ火消しが桜にたどり着いたときには気は無惨に焼け焦げ、黒い炭のような痛々しい姿をさらすだけとなっていた。
もちろん、鬼火もいなかった。
翌日から京の桜の名所で桜の樹が燃えると言う事件が立て続けに何軒も起こる事となる。
妖しいことは妖怪のせい。
鬼火がでたら狐の祟り。
人々はこの一連の火付けを鬼火を操ると言われる狐のせいにし、稲荷神社に近寄らなくなっていった。
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