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花見の季節と言うことだけあり、京で一番うまいと言われる菓子屋「松屋」には花見団子や桜餅を求める客が押し寄せていた。
そんな中、奥の畳の間に上がり込み、籐平は店員の一人である目麗しい青年を捕まえ一方的に先日自分が目撃した火付けのことを語っていた。
「鬼火ですか…。」
青年は目の前の相手を不快にさせないようにうんざりとした気持ちを隠しながら言う。籐平にはわからないようだが、彼の顔にははっきりと仕事に戻りたいとかかれている。
「そうなんだよ。まったくあっしも始めて妖を見たもんでね。もう、夜中が怖くて怖くて…」
かれこれ半刻ほど青年相手に話し続けている。
このせりふも三回目だ。
いくら客の扱いになれている青年もいい加減笑顔がひきつっている。
番頭さんがこんなところで油を売っていても大丈夫なんだろうか。
青年は心内にそう思うと小さくため息をついた。
<浅葱、いつまで続くんだこの愚痴は。>
それを待っていたかのように第三者の心底うんざりとした声変わりしたばかりの少年のような声がした。
「浅葱君、何か言ったかい?」
その声は籐平の耳にも入ったらしく、首を傾げて声の出所を探す。
「いいえ、他のお客様の声ではないでしょうか?」
浅葱と言う名の青年はそっと懐に手を伸ばすと中に入れてあった何かを力を込めて握りしめる。
「そうかい?」
籐平が再び首を傾げる。
「まぁ、籐平さんも災難ですね。お寺にでもお参りなさるのが良いのではありませんか?」
その時、タイミングよくそう言って籐平にみたらし団子を出したのは、松屋の女将、お清だった。
「おっ!お清さんありがとよ!」
四十過ぎのお清だが、その美しさは未だに衰えることを知らない。
優しく笑うと団子の横にお茶のお変わりを置き、浅葱に向かって目で合図する。
「いいえ~。浅葱、そろそろ仕事に戻りなさいな。お客様がお待ちだよ。」
お清に言われて浅葱は籐平に見えないようにほっとした表情をすると立ち上がる。
「へぇ。では、籐平さんごゆっくり。」
と言うと店の外にでた。
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