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A市の苦情受け付け係は随分と無愛想な顔をしていた。私が挨拶をしても、
「おはようございます」
と、言うだけで、自分の名前とかは一切、言わなかった。A市の役場職員の話によると、彼は無愛想で表情は変化しないが、勤務態度は真面目だという。
私は彼がどれだけ、真面目なのか。カメラを通して別室で観察させてもらった。彼の傍で、その仕事ぶりを拝見するという方法もあるが、苦情受け付け係は基本的に守秘義務だ。受け付けた苦情がどういった内容であるのかは、口外してはいけないことになっている。これは、A市も同じで私は窓口に直接、出ることはないが様子だけは伺うことができるようにA市側の計らいであった。
定時にもなり、役場の仕事が始まる。最初に窓口にやってきたのは、四十代ぐらいのおばさんだった。
「ちょっと、聞いてくださいよ」
窓口にやってくるなりおばさんは口を開いた。この手の人間は相手の都合など考えないタイプだ。私も、こうした人間の苦情を受け付けたことがある。そもそも、それが苦情という言葉に値するとは思えなかったが。
相手は私の立場は都合を一切考えずに自分の言いたいこと喋ってくる。とくに、これといった要望もなく、苦情受け付けの窓口は愚痴や陰口を叩ける場所と勘違いしていた。かといって、真剣に相手の話に耳を傾けなかった時は大変だ。勤務態度が悪いなどと文句を言われてしまう。
「・・・それでね、その佐藤さんのとこの・・・」
私の予想通り、おばさんは自分が言いたい事をただ一方的に喋っていた。それも、他人の陰口をだ。相手のことばかり貶(けな)して、自分の悪いところを、治そうと思わないかと私は思っていた。
こうした相手に苦情受け付け係の彼は、どのような対応をとるのか注目した。
「はい・・・。はい・・・。それで、その佐藤さんは・・・」
彼は無表情のままで受け答えをしていた。時折、相槌を打ち態度は相手の話を真剣に聞いているかのようだ。
人間の集中力は三分が限度と言われているが、彼は十分経ってもおばさんの話を無表情であるが、真剣に聞いていた。私といえば、延々と続く、おばさんの陰口にいい加減、ウンザリしてきた。
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