苦情受け付け係

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 彼と老人の話はさっきのおばさんの話よりずっと時間が長かった。その間、彼は嫌な顔一つせず、老人の話を真剣に聞き、交渉していた。 「・・・一旦、休憩しませんか?」 「あ、ああ、そうじゃな・・・」  彼の提案に老人は答える。彼は休みたかったから、話を中断した訳ではない。老人の顔色、動作、声から相手がが疲れていると判断した。相手が疲れているのならば、容易に休憩の案を受け入れてくれる。  区画整備の問題は解決した訳ではない。だが、老人は満足していた。やはり、話を真剣に聞いてもらうと、もらわないとでは反応が違うようだ。休憩を挟んで戻ってきた頃には、老人は少し落ち着いているだろう。そうすれば、お互いに納得のいく妥協案が見つけやすくなる。  その後も、次々とくる相手に彼は疲れの色を見せることなく、応対を続けた。  夕方にもなれば、近くの高校に通う女子高生が苦情を言いにきた。A市の役場では当たり前の光景だそうだ。その内容は、教師や同級生に対する陰口で、最初のおばさんと似たり寄ったりの個人的な苦情だ。そんな苦情にも、彼は真摯に受け止め話を聞いていた。  彼は、どこまで真面目な職員なのだろうと、私は感心するしかなかった。  一日を終え、仕事から戻ってきた彼に私は深々と頭を下げ、お礼を言った。 「今日は大変、勉強になりました」 「それは良かったです」  何時間も人の話を聞き続けたというのに、彼は疲れたという顔をしていなかった。朝、会った時と同じ無表情なままだった。かえって、これぐらい無表情べなければ、この仕事は続かないという現れかもしれないが。  とにかく、私は学習した。人の話を真剣に聞けば、全ては円滑に動く。彼のように、上手くいくかどうかは分からないけれど、彼を見習って、これからの仕事に役立てていこうと思う。  まずは、効率よく相談を受けられるようにスケジュールを組めるようにしなければならない。それに、窓口の傍に簡単なファイルを入れておく棚も必要となってくるだろう。やるべきことは、沢山ある。  私はA市の職員に頭を下げ、お礼を言うと帰った。
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