前夜

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「深井さん、ちょっとこっち来て」 初めて彼の方から話しかけられたのが、多分この時だと思う。 そして、体育館から出て、少し離れた人気のないところへ連れて行かれた。 「体育館シューズと靴下脱いで、テーピング巻いて、アイシングするから。」 全部ばれていることに驚いた私は、誤魔化そうとしてしまった。 「だ、大丈夫だよ、ちょっと捻っただけだし」 「そんな簡単に大丈夫なんて言うな!!」 彼が私に対して初めて怒り、私を叱った瞬間だった。 私がビックリしていると、彼は落ち着いて言った。 「確かに、小さいケガかもしれないけど、その小さいケガのままプレーしたら、 次はケガしたところをかばって違うところをケガしやすくなるし、 こういうケガは、次の日に一番痛みが酷くなるからしっかりアイシングしないと。 それに、無茶して余計ヒドクなってもつまらないだろ?」 「うん…」 「あと、怒鳴ってごめん。」 「ううん、ありがとう。叱ってくれて。」 多分、彼はあのまま試合に出ることがどれだけ危ないかってことを、教えてくれるために、 私をわざとキツク叱ってくれたんだと思う。 彼、不器用だからこういう伝え方しかできないんだなって、 彼にテーピングを巻いてもらっているときに考えていた。 彼?彼は…顔を少し赤くしながら黙々とテーピングを巻いていたよ。 多分、照れていたんじゃないかな。 「どこでテーピングの巻き方教わったの?」って質問してみたら、 「ま、漫画でこういうシーンがあって、偶然覚えてたから…」って顔真っ赤にしながら答えてね。 「そう…すごいね。」 って言うと 「い、いや、そんなことないって!」 と言いながら顔を真っ赤にして首を横に振ったんだ。 そんなに照れなくていいのに…って思ったのを覚えてる。
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