第1章 生憎

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おそらく数時間後。 わたしは目を覚ました。 死ぬはずだったわたしが目を覚ました。 軽い。 体が軽い。 どこも痛くない。 すごく楽だ。 どこも痺れていない。 瞼を開いてみると物がしっかり見える。 耳もちゃんと聞こえる。 熱もないと思う。 そして意識もはっきりしていた。 「……………」 多くのことが急速に頭の中を走りだす。 そうか。 わたし、髪木のヤツに助けられたんだ……。 「気分はどう?」 「すごく……いい」 「そう。それは良かったよ。あっ、まだ起きないで。薬のおかげでだいぶ元の状態にまで回復したけど、ダメージが完全に抜けてるわけじゃないから今日は安静にしてた方がいいよ」 そう言われ、起き上がろうとした体をもとに戻す。 「ここどこ?」 「僕の家だよ。一人暮らしだから問題ない。だから今晩は泊まっていってもらうよ。色々話さなければならないこともあるし」 「わたし、どれくらい寝てたの?そと、暗いし」 「そんなに長くは寝てないよ。日が暮れてからだからおよそ4時間ってところだね」 4時間?ってことは今は夜の10時くらい? 「飛鳥様の家族にはちゃんとメールで報告しておいたから問題ないよ。今日は友達の家に泊まることにしたって内容にしておいたんだけど、そしたら、了承の返事が返ってきたよ」 「………そう」 この上なく今のわたしは冷静だった。 今までに体験したことないような速度で頭が回る。 とにかくよく回る。 間違いなくコイツがわたしに飲ませた薬の影響で。 なにか特殊な薬をわたしに飲ませたんだ。 脳を活性化させるような変な薬を。 でもそのおかげでわたしは楽になったようだけど………。 だからわたしは訊く。 多分、この状況に最も相応しいであろう質問を髪木に投げ掛けてる。 「わたし、今も人間?」 冷静な頭に不安が蔓延[はびこ]る。 ただ、恐怖はない。 たった今まで最悪の生地獄にさらされていたわたしにとっては、これ以上の地獄など想像できなかったからだ。 まあ、それは生きている物であればの話だけど。 そして髪木はまったく表情を変えることもなく、真顔でこう答える。 「お生憎様」
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