第1章 生憎

2/33
前へ
/230ページ
次へ
『吾輩は猫である』 よく耳にする台詞だ。 小説名は知っている。 作者も知っている。 だけど、内容は知らない。 それは興味がないからだ。 それは読んだことがないからだ。 読む必要性がないからだ。 わたしはそもそも本というものを読まないし、電車のなかでの暇潰しは携帯をいじるか、音楽を聴くか、寝るか、そんなところである。 当然、電車内で勉強をしたこともない。 本というものを持ち込んだことすらないのではないかと自分で思うほどだ。 だが逆になにもしなかったことというのも少ないのではないだろうか。 大抵は何かをしている。 一駅乗るだけでもなにかはしてる。 ボーッとなどしていたことがない。 しかし、あそこに座ってる子はどうだろう。 あの子は私と違っていつも本を読んでるかボーッとしてる。 毎日だ。 わたしの記憶にあるかぎりそれ以外のことをしていたことがない。 あの子は『多分』、わたしが通う神柳[かみやなぎ]高校の生徒だ。 乗る駅はあの子の方がさきのようだが、降りる駅はいつもわたしと同じ神柳駅だからそう思う。 いや、実際はそれよりも、普通に制服が同じだからというもの。 ではなぜ『多分』などと中途半端な言い方をしたのか。 それは学校で一度もあの子の姿を見たことがないからというもの。 わたしが通う神柳高校は県内で随一のマンモス校で、1000人以上もの生徒がいるため見たことがなくてもべつにおかしくはないのだが。 ただ、あの子はなんというか………不思議な子だ。 あの子はずっと同じ方向を向いたままで、身動き一つしない。 友達に話しかけられている所も見たことがないし、話しかけてる所も見たことがない。
/230ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加