藍と紺と、哀と

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初夏の、少し湿った風が吹き抜ける榊家の庭園を、正人さんと並んで歩く。 今日は父様と母様と共に、正人さんのご両親に昼食会に呼ばれていた。 話は主に、私と正人さんの結納の日取りについてだった。 ……私には、終始居心地の悪い席だった。 ひととおり食事も済んだ所で、“後は若い者同士で”と、体よく外に出され今に至るがーーーー。 着物の私に合わせて、正人さんはゆっくりとした歩調で歩いてくれた。 「宗太郎の調子はどう?」 柔らかな癖のある髪が、陽の光を含ませて煌めく。 彼の穏やかな口ぶりには、いつだって安心感をもらえるのだけれど。 …宗太郎の名前を聞いた途端、押し隠した私の心は水面下で騒ついた。 「…調子は変わらずです。 翻訳の仕事を少しずつ続けて、過ごしていますよ。 …けれど、…… 柳田先生のお話では少しずつだけど確実に症状は進んでいると…」 言いながら、言葉は心許なく震えた。 さしかかった池の水面で。 緩やかに身を翻す数匹の鯉に視線を落とす。 「……先生の最初の見立て通り、 もってあと1、2年…と」 …そう、と正人さんは肩を落として 私と同様に池の水面に視線を落とした。
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