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「…宗太郎の事を思うと、
何て言って良いかわからないよ」
静かに紡がれた言葉に顔を上げた。
一瞬、どきりと心臓が跳ねる。
常に疑心暗鬼の心は、何気ない言葉をも、自分に都合の悪いように届けてしまう。
宗太郎と私の事を“何と言っていいかわからない”と、そう言ったかと思った。
けれど正人さんは肩を落としたまま、揺れる水面を見ていた。
「……俺と同い年なのに。
ご両親も、さぞや心を痛めているのだろうね」
心痛な面持ちで、そう言ってくれる正人さん。
この人は本当に。
心根の優しい人なのだ。
穏やかで誠実で。
押し隠した私の気持ちや
宗太郎との許されない関係を考えると、彼への不誠実さに心の置き所がない。
「清花ちゃんも、ね。
たったひとりの兄さんだしな…」
優しく言われて…
思わず視線を外した。とても直視できなかった。
言葉無く頷くのが精一杯で。
“兄を思って心を痛める妹”を無意識に演じる自分に…嫌気さえ感じた。
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