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「怜一郎さんのことが好きだから」
それは心からの言葉。
でも、口に出すのは初めてだった。
あたしは、結人さんの目を見てはっきり告げた。
すると、結人さんはふっと笑って言った。
「怜一郎は、幸せ者だ」
よく言われる言葉だが、いつものように茶化した風じゃない。
結人さんは真剣な目をしたまま、あたしの髪に触れた。
「…ねぇ、俺がもし――」
しかし、それきり言葉を切って、結人さんはあたしに背を向けてしまう。
「今日はね、ここの片づけをしようと思ってきたんだ」
急に変わった話に、頭がついていけず戸惑った。
結人さんは上着を脱いでいつもの着物姿に戻ると、こちらを振り返った。
「手伝ってくれる?」
その時の結人さんの笑顔はいつもの笑顔で、あたしはほっとした。
「…自分たちでするんですか?」
…だめだ。
あたしもすっかり怜一郎さんのスケールに慣れてしまったらしい。
「うん。
ここだけは、他の人に入って欲しくないから」
そう言いながらテーブルを指でなでる。
わずかだが黒い物がついてしまったようで、結人さんはかるく眉を寄せた。
「…あたしは、いいんだ」
そんな様子を見ながら、思わずあたしの口からこぼれた言葉は、結人さんには聞こえなかったようだ。
「夏になったら、3人でここ来ようよ」
結人さんは独り言のようにそう呟いて、さっさと作業をはじめてしまう。
あたしは、慌ててそれに従った。
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