3/11
171人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
ミカのこめかみに青筋が浮かんだとき、ドアを開けたチャイムが店内に響いた。 ゆるりと、健次郎は視線だけをその方へ向ける。 腰まである長い黒髪を靡かせる、大人しそうな若い女だった。 「いらっしゃいませ、御嬢さん。此処はどういう店かご存知ですか?」 女は神妙な面持ちで頷き、 「愛着があるけれど手離したい物を引き取ってくださるんですよね?」 「御名答」 健次郎は本に栞を挟んで番台に置くと、ゆっくりと立ち上がった。 「愛着のある物は愛した分だけ、持ち主の“想い”が宿る。その“想い”は物の魂となり、やがて物は生を宿す。その物と共に生涯過ごすならばそれで結構。しかし、その物を手離したい時が訪れたら?」 健次郎は棚から日記帳を取り出した。 鎖でがんじがらめにされた日記帳である。 鎖から脱け出そうと躍起になっているが、かれこれ十数年このままだ。 「人間であれ物であれ、“死”は等しく恐ろしいもの。物は魂の言うがまま動き始める。そう、例えばこの日記帳」 ガチャガチャと鎖を鳴らす日記帳を両手でおさえ込んだ。 「元の持ち主は登山家の男。その男は山に登る度にその詳細を記していたそうです。さすがは登山家の所有物と言うべきか、持ち主が死んでも尚、山に行きたいと毎日うるさかったそうで。堪えられなくなった孫が此処へ持ってきました。あまりにも喧しいものですから、口を封じられてこの有り様です」 健次郎は日記帳をおさえ込みながら、棚の引き出しに閉じ込めた。 「さて、貴女は何をお持ちになったのですか?」
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!