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ミカのこめかみに青筋が浮かんだとき、ドアを開けたチャイムが店内に響いた。
ゆるりと、健次郎は視線だけをその方へ向ける。
腰まである長い黒髪を靡かせる、大人しそうな若い女だった。
「いらっしゃいませ、御嬢さん。此処はどういう店かご存知ですか?」
女は神妙な面持ちで頷き、
「愛着があるけれど手離したい物を引き取ってくださるんですよね?」
「御名答」
健次郎は本に栞を挟んで番台に置くと、ゆっくりと立ち上がった。
「愛着のある物は愛した分だけ、持ち主の“想い”が宿る。その“想い”は物の魂となり、やがて物は生を宿す。その物と共に生涯過ごすならばそれで結構。しかし、その物を手離したい時が訪れたら?」
健次郎は棚から日記帳を取り出した。
鎖でがんじがらめにされた日記帳である。
鎖から脱け出そうと躍起になっているが、かれこれ十数年このままだ。
「人間であれ物であれ、“死”は等しく恐ろしいもの。物は魂の言うがまま動き始める。そう、例えばこの日記帳」
ガチャガチャと鎖を鳴らす日記帳を両手でおさえ込んだ。
「元の持ち主は登山家の男。その男は山に登る度にその詳細を記していたそうです。さすがは登山家の所有物と言うべきか、持ち主が死んでも尚、山に行きたいと毎日うるさかったそうで。堪えられなくなった孫が此処へ持ってきました。あまりにも喧しいものですから、口を封じられてこの有り様です」
健次郎は日記帳をおさえ込みながら、棚の引き出しに閉じ込めた。
「さて、貴女は何をお持ちになったのですか?」
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