武士でなくとも仕える主君を持つ。

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翌日も朝からよく晴れていた。 井上はまだ暗いうちに目を覚まし、台所で朝食の支度をする八木家の使用人の手伝いをしていた。 「井上様、このような事は、私にお任せくだされ。でなければ、旦那様に叱られます。」 「いえ。私どもは浪士組を離れる者です。ですから、八木家の皆様には私どもの世話をする義理はなくなってしまいました。せめて、先生達の食事の支度くらいは、手伝わせて頂きたい。私の頼みです。お断りにならないでください」 井上は終始笑顔で話す。京に着いてからというもの、何かの理由をつけては、食事の支度を手伝ってきた井上の行動により、八木家の者を近藤派寄りの状態に向けることになる。勿論、井上に打算ない。むしろ、そういった面で、井上は実に不器用な男であった。 やがて、皆が目覚め、それぞれが朝の支度を終えると雑談が始まる。 八木家の者たちも、忙しく動き始めた。 中でも次男の為三郎は、いつも井上と共に働く事が多かった。 「井上先生、おはようございます」 目脂のついた眠そうな顔で為三郎が近づいてきた。 「為三郎くん、おはようございます。今日は寝坊したのかな」 井上が優しく微笑みかけると、為三郎は恥ずかしそうに笑う。 「ほんまは、朝が苦手なんです。寝たのも夜更けやったんで」 井上は笑顔で為三郎の頭をなでた。 「今のうちによく食べ、よく寝ないと、強い男にはなれないぞ」 「言う通りにしたら、井上先生みたいな大人になれるやろか」 為三郎は目を輝かせた。 「私はどうかわからないが、近藤先生はよく食べ、よく寝る子供だったそうですよ」 そう言うと井上は、お膳を持って部屋に戻って行った。 為三郎には、朝のこの時間が楽しみだった。後に為三郎は、近藤たちとも打ち解け、目の前で木刀を持って剣術の真似事をして見せたりもするようになる。
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