武士でなくとも仕える主君を持つ。

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近藤は独り庭に立っていた。今しがた訪ねてきた人物の申し入れに、頭を悩ませていた。 実は総司の義兄、沖田林太郎も浪士組に参加しており、皆が出払ったすぐ後に訪ねてきて、 「私も近藤先生と共に京に残らせてほしい」 と頼み込まれたのだ。林太郎は総司の姉、ミツに言われて、総司の目付け役として浪士組に参加していた。 しかしながら、林太郎とて、尊皇の志がないわけではない。ましてや、幼い頃から弟として手を掛けてきた総司の身が気掛かりでないわけもない。 近藤にはその気持ちが痛いほど解る。もし仮に、甥の勇五郎が同じ状況にいたなら、近藤とて同じ事を言っただろう。 しかし、林太郎を京に残すのには問題があった。 浪士組の話が試衛館に届いた時、門人たちの耳にもその話が入っていた。門人には多摩地方の者が多く、中には江戸の西の守りを固める八王子千人同心の者も含まれていた。それ故か、幕府の役に立つことができるならと、ほとんどの者が浪士組参加を申し入れてきた。しかし、皆に妻子がおり、京に上れば命を落とす危険があるとして、近藤はすべて断わっていたのだ。 林太郎にも妻がいる。ましてや総司と林太郎同時に命を落とすことになれば、沖田家の血筋は途絶えてしまう。 近藤はどうしたものかと悩んでいた。 そこに土方がやって来た。 「どうした、近藤さん」 縁側に胡座をかきながら土方は言った。 「いや、少し前に林太郎さんが来ただろう」近藤は土方の隣に腰を掛けた。 「何の用事だったんだ」 土方は近藤を目で追った。 「俺たちと一緒に京で働きたいと言われた」 近藤は少しうつむいた。 「しかし林太郎さんは跡取りだっただろう」 「だから悩んでいる」近藤はため息を一つついた。 「確かに、今はどんな人間でも欲しいが、総司がこっちに残る以上、林太郎さんを残すわけにはいかんなぁ」 土方自信も、江戸で共に参加したいと言ってきた幼馴染みの松本捨助を、跡取りを理由に断っていた。 「いくら林太郎さんが望んでも、認めてやるわけにはいかんよなぁ」 近藤は再びため息をついた。 「ならば、俺から林太郎さんに話してみよう」 土方は近藤の肩を叩いた。 「悪いが頼む」 「心得た。それはそれとして、近藤さん」 急に話を変えた土方に近藤は目をやった。
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