武士でなくとも仕える主君を持つ。

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やがて井上が手拭いで手を拭きながらやってきた。 「近藤先生、土方さん、昼飯の用意ができました。温かいうちに召し上がって下さい」 井上の声に二人は振り向いた。 「あぁ、源さん、いいところににきた。ここに座ってもらえないか」 土方は右手で床を軽く叩いた。 「はい、何か」 井上は言われた通りに座った。 「実は」 土方は近藤に視線を送った。 「歳、俺から話そう」 近藤には土方の視線の理由がすぐに解った。 「実は、京に残る上で、八木さんに協力を頼みたいんだか、できれば、この三人で頼みに行きたい」 近藤が話すのを土方は静かに聞いている。 「ええ。しかし、私ではなく、芹沢先生のほうがいいのではないですか」 井上には自分が同席する理由が解らなかった。 「いや、源さんが必要なのだ。源さんは我が試衛館道場出身で、最年長だ。ここではっきり示しておきたいのだよ、先陣は我らにあるということを」 近藤は言葉を尽くした。 「つまり、八木様に、芹沢先生より近藤先生を信じていただくため、ということですか」 井上は近藤の不器用な伝え方にも、長い付き合いから理解できた。 「それには、こちらの結束を見せておく必要がある。それに源さんは、八木さんに信用があるので、先方も首を縦に振りやすいだろう」 近藤の言葉に土方が頷いた。 「かしこまりました」 井上はそれ以上のことは聞こうとしなかった。それは、近藤の決めた道が、井上自身の進むべき道であると委ねていたからだった。 「すまないが頼む」 土方が低い声で言った。 「それでは、飯にしましょう」 井上は何もなかったように笑顔で言った。 縁側に吹き抜けた風か暖かかった。春はやがて梅雨を向かえ、夏を連れてくる。 今はまだ抜かれることのない刀が音をたてた。出番を待っていることを語るように。
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