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屯所に戻ると、いつもと変わらない光景が二人を現実へと引き戻した。山南のいない現実。そしてそれがごく当たり前の現実。
二人は無言のまま屋内に入る。隊士たちのお辞儀に、静かに目線を送るだけで、言葉は交わさない。
いつからか、こんな自分になってしまった…と、心の中では感じていない近藤ではない。昔は、こんなんじゃなかった。誰にでも自分から声をかけて、時には馬鹿な話しに夢中になったものだ。
それは近藤自身が一番解っていた。
そして山南の使っていた部屋の前を通りすぎる。部屋はそのままになっている。
「四十九日が過ぎるまではこのままにしておきたい…」
そう言い出したのは、井上源三郎だった。新選組幹部の中では一番の年長者で、全ての隊士の兄貴分として、慕われている温厚な男だ。井上はその日、普段と変わらない日課を平然とこなした後、近藤、歳三の前でだけ涙を流した。子供のように、声を上げて。
その時、涙でボロボロになった顔を上げて、「山南さんを、しばらく近くに感じたいんです。話せなかった事も、今ならば遠慮なしで話すことができるので」
そう言う井上の気持ちが痛いほど解る歳三は、何も言わず頷いたのだった。
「ここも、そろそろ…」
言いかけた近藤の言葉を遮るように歳三が一言だけ言った。
「その件については、源さんに委ねよう。」
歳三の優しさだった。山南が亡くなるまでの約一年間、意見の食い違いや、立場の違いから、山南とは不仲になっていた歳三の中には、隊務を離れた山南と初めて向き合えたという想いがあった。
そして、二人は奥の間に消えていった。
山南の部屋は、その夜、誰にも気付かれないように、井上が一人で片付けた。最後の別れを悲しむように、一人涙を流しながら。
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