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三月の始め。
辺りは雪で白一色で、吐く息でさえ白い。
学校からの帰り道、凍てつくような寒さに、ただただ下を向いたまま、黙々と歩く。
部活に入っているわけでもない僕は、部活動に忙しい友人と別れて、一人、家路を歩いていた。
立ち並ぶ並木にも、雪が降り積もり、その光景が僕を憂鬱にさせる。
寒いのは、大の苦手だからだ。
重たい足取りで歩いていると、それは、不意に訪れた。
「槙村!」
「え?」
名前を呼ばれて、振り返った僕の顔面に、雪の塊が盛大にクリティカルヒットした。
そう、まるでマンガのように。
突然の出来事に、顔に付いた雪を払う事も忘れ、茫然とする僕の目の前に、一人の女子生徒が笑顔で立っていた。
彼女の手には、ソフトボール程の雪玉。
状況が把握出来ず、ただ茫然と彼女を見返す。
本来なら、どう考えても彼女が雪玉をぶつけた犯人だと分かる。
僕でも、された事への抗議なり、非難なり、それなりの反応を示す。
それが出来なかったのは、彼女の表情が、あまりにも今の状況にそぐわないからだ。
殺気や悪意めいたものは一切なく、悪戯をした表情でもなく、とてもにこやかで、友好的な笑顔だった。
行動と表情の違いに、違和感を覚えた僕は、何と声を出せばいいのか分からなくなった。
そんな僕にお構いなしに、彼女は明るく話かけてきた。
「君、槙村翔悟(まきむら しょうご)だよね?」
「え…あ、うん……」
「私、桜井奈々(さくらい なな)っていうの。知ってる?」
「……いや、ごめん」
あまり人に対して関心を抱かない僕は、クラスメイト以外の名前も顔も覚えられない。
「そうだと思った」
彼女は、その事に文句を言うわけでもなく、憤慨するわけでもなく、ただ可笑しそうに笑う。
「桜井奈々。覚えてね」
それだけ言うと、彼女……桜井奈々は、手にしていた雪玉を、もう一度、僕の顔面へぶつけた。
これが、僕にとっては全ての始まり。
桜井奈々という、嵐との出会いだった。
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