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私は老人。誰も相手にしてくれない老人だ。いや、誰も相手にしないというのは間違いだ。私には生涯を共にする妻がいた。お互いに歳をとり、いつしか本名では言い合わなくなり、今では、じいさん、ばあさんと呼び合っている。
そもそも、私もばあさんもお互いを名前で呼び合ったことがない。
付き合い始めた頃は、周りからのからかいもあって、名前で呼び合うのは、どこか恥ずかしく名字で呼び合っていた。お互いの名前を呼び合うこともなく、私は戦争へと駆り出された。戦火をかいくぐり、どうにか生き延び戦後を迎えた私は復員して、すぐに彼女と結婚した。それからは、ずっとお互いを、あなた、お前と呼び合っていた。
長いことでもう半世紀以上の付き合いになる。
ただ、最近の私は妙な虚しさを感じていた。
これまで、戦争、戦後の混乱した時代を駆けめぐってきた私であるが青春というのを味わったことがなかった。そのせいなのか、若く活気ある子供達を見ていると、どうにも羨ましかった。私も一緒になって遊びたかったが、この老体では、その願いは叶いそうにない。
だから、私の楽しみといえば時々、散歩で近くの公園へ出向いては元気に遊ぶ子供達を眺めているだけ。それが、虚しさの原因なのだろうか。
「退屈そうですね」
私がいつものように子供達を傍観していると、声をかけてくる人がいた。顔を上げると、身なりの整った白い服に黒縁(くろぶち)の四角い眼鏡を掛けた男が、いつの間にか私の傍に立っていた。いったい、いつから、私の傍に彼は立っていたのだろうか。
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