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何処へ行こうか、それすら考えず足が動く方へと進む。やがて住宅街を抜けて出たのは海辺だった。
頬に叩きつける潮風は、冬の始まりを告げるかの様に乾燥していて冷たい。波の音がやけに耳の奥に響く。それでも此処にいるとどこか落ち着く。
清濁全て飲み干すその場所に、いっそ溶け込みたい。そう思った。海は好きだ。月並みな表現でしかないが、視界全てを使っても写しきれない其処の前にいると、自分が取るに足らない小さな物に思える。
ただただ青に溺れられる。何も考えずにいられる。そんなこの場所が、俺には心地いい。
やがて、ため息を一つつく。
戻らなければいけない。きっと生きている限り、俺はどんなに悩もうが憤怒しようが、狭い箱庭の中に囚われなければならない。
波に背中を押される。そう思えるのだ、海を見ると。帰れ、此処はお前の居場所じゃないと。そう、暗に言われている気がする。
理解している。どんなに嫌いであろうと、虫酸が走ろうと、妥協と上手く付き合えば疲れを感じずにのうのうと生きていけると。でもそれじゃない。俺が欲しい物は、それではない。
願わくば、ただ一つが欲しい。
綺麗な物が。
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