憧れを探しに

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「ありがとう」 それだけ言うと母は病室から去って行った。聞こえる音といえば看護師がぱたぱたと子忙しく走る音のみで、部屋の中は静かだ。漸く回る様になった頭で、何をしようか考えるが、考えるだけ無駄だとすぐに気付く。全身怪我だらけで満足に身動ぎすることも出来ない。眠ろうにも、ついさっきまで凡そ一週間分の睡眠時間を取っていたのだから、眠れる訳もない。結局、退屈だ。が、今はそれに甘んじておこう。何かを考えるのも面倒くさい。 ――――それから数ヶ月は苦痛だった。怪我が治るに連れ増えるリハビリ。何度作業療法士に叱咤激励されたことか。まともに歩ける様になった頃には、冬は終わりに近付き、以前と遜色ない程度に動ける様になった頃には受験だった。 夜行バスにて揺られること約8時間。到着した片田舎で、母が描いた地図を便りに会場となる学校まで向かった。 どんな手を使ったかは予想は出来るが解らない。詮索する気もない。所謂裏口入学というのか、とにもかくにも先の見えた結末に興味はない。一応、体裁上試験を受ける為、遥々やって来た訳だが。緊張感を持たないのは俺だけではなかった。 田舎ということもあり、過疎化がどんどん進んでいるこの地域では定員割れが起きており、会場にいる人間の殆どはお気楽なものだ。無論、俺も。 結局、受験はろくに勉強などせず、暇潰し程度に解いた解答のみで、労せず俺は合格したのだ。
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