キャンバスに咲いた花ー短編小説ー

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「大丈夫よ。治療をすれば治るから」 母親は毎日、医師の言葉を僕に浴びせていた。本人が生きたいと望むことを放棄してしまえば病気の進行は早まると考えているせいだろう。もちろん、僕は生きたいと願うべきなのだ。親孝行が出来ていないのに、死んで行くのは親に申し訳ないと思う。でも、長い治療になればそれだけ治療費がかかり、僕が親の首を絞めることになるのに変わりはない。それならいっそ、何も迷惑をかけず僕は消え、これからの人生を前向きに歩んでほしい、という願いを持つことのほうが親孝行になるかもしれないと思い始めていた。 桜が咲く季節になると、僕はいつも窓を眺めていた。病院の中で、色がついている場所は窓だから。ピンク色の桜を見ていると僕の心はいつも穏やかで、そして無になることができた。もう少しで手術する季節がやってくる。手術予定日は夏だ。まだ僕は手術することに戸惑いと、不安と、申し訳なさを感じていた。手術費用はいくらだろう、とかそんなことまで気にしていた。
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