キャンバスに咲いた花ー短編小説ー

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「あなたの病気は何?」 こう聞かれたから、何も隠すことは無いと特に意識もせず正直に答えた。僕の病気が何なのか、それは僕の目の前にある付箋に常に書いてあった。それを見ないと、僕は自分が何の病気なのか、忘れてしまうのだ。 「記憶を失っていく病気だよ」 女の子は僕の返答を聞いて、悲しそうな顔で数回頷いた。 「私ね、夢があるの。私、歌が好きで歌手にになりたいと思ってるんだけど、でもそんな現実味の無い夢、無理だよね」 彼女は自虐的な笑みを浮かべた。今日は風が強いから、桜が綺麗に華吹雪となり、まるで僕達に見てほしいというかのようにそれは見事に舞っていた。 「僕の夢は、ないよ。だから夢を持てる人が羨ましい」 桜を眺めながら、彼女にそう言った。 「でも、絵が上手いじゃない。特技があるって凄いよ」 彼女は、いつも僕の横に飾っている、僕が描いた絵を指差しながら言った。絵を褒めてもらうことはよくあったけれど、いつもより少しだけ嬉しかった。彼女は少しだけ歌を聞かせてくれた。透き通った、可愛らしい声は彼女を象徴しているようで、僕の心には優しく響いた。 それから僕は何度も何度も、彼女と話すようになった。でも一日が過ぎると僕たちはいつも『初めまして』から始まる。彼女との会話も、おおよそ同じことを繰り返していた。それでも彼女はいつも嬉しそうに僕に語りかけるので、僕も精一杯彼女を喜ばせることだけを考えていた。
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