キャンバスに咲いた花ー短編小説ー

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一度、親に聞いたことがある。 「僕の手術費、いくらくらいするの」 親は僕のその言葉を聞いて、唇を噛みしめた。 「あんたが気にすることじゃない」 目を吊り上げてそう言われたので、それ以上僕は追及できなかった。僕のせいで今、家族がどうなっているのか?それはもう、十分想像できた。弟が見舞いに来た時、野球部に所属する弟はグローブを手にはめたまま病室に入ってきた。そのグローブはボロボロで、もう俺は擦り切れて働けないよと訴えているのに、無理やり労働させられていた。弟が新しいグローブが欲しいことは分かっていた。でもそれを我慢せざるを得ないほど、うちのお金は僕が奪っているのだ。僕がそのグローブに視線を移したからなのか、弟はすぐグローブを脱いでカバンにしまった。きっと僕を傷つけないためにしてくれたことだけど、今の僕にはその行動が重荷になってしまった。 「ごめんな。キャッチボール」 弟にポツリと呟いた。今まで喧嘩ばかりしてきた弟に謝ったのは、もしかしたら初めてかもしれない。意地っ張りな僕のせいで、全く兄貴らしいことを出来なかった。運動が苦手だから弟がキャッチボールに誘ってきても断ることが多かった。ちゃんとしてやれば良かった、と今になって思う。人間は愚かだ。後悔ばかりする。弟は僕が謝ったことに対して、首を横に振った。 「俺は兄ちゃんがキャッチボールをしてくれなくても、悲しくなかった。だって兄ちゃんは、俺の横でいつも笑って絵を描いてたから」 弟は大人びた声だった。いつの間に、こんなに大人のような声になっていたんだろう。弟から出る雰囲気は、僕の年齢を遥かに超え、弟の背中はやけに大きく見えた。僕はベッドに眠るちっぽけな子どもで、まるで弟にあやかされているように思えてきた。
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