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命
「矢萩!」
振り返ると、萩原紀が息を切らせて走ってきた。
「萩原君?」
「間に合ってよかった。俺んち、ここから近いんだ。おまえ、知らなかっただろう? カイロ、ポケットに入れておけ」
「有難う……」
まつりは事情が飲み込めないまま、萩原紀から使い捨てカイロを受け取った。
「さっき、電話でおばさんから聞いた。俺も探すのを手伝う」
「どうして、萩原君が?」
戸惑うまつりをよそに、萩原紀は持って来た懐中電灯を照らしながら一緒に歩き始めた。
「そのばあちゃん、よくうろうろ出て行くのか?」
「自分の家に居るのに家に帰らなきゃって、窓の外を見ていたの」
「まだ出て行ってからそんなに時間は経っていないんだろう? この近くにいるはずだ。どこかに行きたいとか、何か言っていなかったか?」
「……そういえば、おばあちゃんは川の側の家って……」
「じゃあ、川沿いを探そう」
この近くには忠別川が流れている。すぐそばには木々がうっそうと茂る神楽岡公園があった。
夏場は涼を求める家族連れなどが河原を訪れる憩いの場も、冬は除雪もされず、雪に覆われて人影を見ることはない。
吹き付ける雪。人を近寄らせない冷たい風景。
二人は住宅街を外れ、雪で埋もれている土手を歩いた。
人影はない。
まつりは急に不安になった。
「おばあちゃん、もし死んじゃったら……」
「馬鹿なことを考えるな! きっと大丈夫だ。行くぞ」
萩原紀の怒鳴り声で、動転していたまつりは少し落ち着きを取り戻した。
――そうだ、今はおばあちゃんを見つけることだけを考えよう。
人が通ることがない川沿いは、除雪されていない雪が膝丈ほどまであり、ひと踏みごとに足がずぶずぶと雪に埋もれた。
そんな堤防沿いを、まつりの先に立って萩原紀がどんどん歩いていく。
まつりが歩きやすいように足で雪をかき分けながら。
益々降り積もる雪。
足跡さえかき消してしまう勢いだった。
人を飲み込んでしまうように不気味に青白く染まる雪の中、萩原紀の背中を追いながら、まつりは黙々と歩いた。
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