Chapter1 戦場の薫り

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          †  辻貝秋葉は現実を理解しなかった。  目の前に広がる光景。脳髄を駆け巡る激情。鼓膜を揺らす怒声と爆音と断末魔。  そのいずれもが、まだ二十歳に満たない秋葉の心を崩壊させた。 「この、くそ野郎共がァァああ!」  シルバーファング中隊。戦争孤児を集めた国際色豊かな部隊で、当然ながら秋葉もその一人だ。  しかし、彼女は日本人である。  腰まで伸びた艶やかな黒髪と黒真珠の如し眼。モデルになればいいのに、と同僚にからかわれることもある。  だが、秋葉は否定した。  夜叉と戦う。  人類を護る。  両親の仇を討つ。  そう思って、軍に志願した。  きっと多くの人間がそう思っている。陳腐な動機だ、と理解している。  ただ、この想いは本物だ。誰よりも強く、誰よりも苛烈に、誰よりも憎しみを持てば、秋葉は自分が救世主になれると豪語していた。  “けど、これは、なに……?”  仲間が、同じ釜の飯を食べた同僚が、戦車夜叉に踏み潰され、触手夜叉に喰われ、地夜叉に身体をバラバラに解体され、空夜叉に連れ去られていく風景が眼前で起こっている。  悲鳴を挙げる暇もなく。  許しを媚びる暇もなく。  助けを求める暇もなく。  男女隔てなく殺されていく。  “こんなの、知らない……!”  これは畏怖か、あるいは悲嘆か。  秋葉は手にした魔力銃をカタカタと震わせながら、どうしようもない恐怖に押さえ付けられるように尻餅を付いた。
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