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†
辻貝秋葉は現実を理解しなかった。
目の前に広がる光景。脳髄を駆け巡る激情。鼓膜を揺らす怒声と爆音と断末魔。
そのいずれもが、まだ二十歳に満たない秋葉の心を崩壊させた。
「この、くそ野郎共がァァああ!」
シルバーファング中隊。戦争孤児を集めた国際色豊かな部隊で、当然ながら秋葉もその一人だ。
しかし、彼女は日本人である。
腰まで伸びた艶やかな黒髪と黒真珠の如し眼。モデルになればいいのに、と同僚にからかわれることもある。
だが、秋葉は否定した。
夜叉と戦う。
人類を護る。
両親の仇を討つ。
そう思って、軍に志願した。
きっと多くの人間がそう思っている。陳腐な動機だ、と理解している。
ただ、この想いは本物だ。誰よりも強く、誰よりも苛烈に、誰よりも憎しみを持てば、秋葉は自分が救世主になれると豪語していた。
“けど、これは、なに……?”
仲間が、同じ釜の飯を食べた同僚が、戦車夜叉に踏み潰され、触手夜叉に喰われ、地夜叉に身体をバラバラに解体され、空夜叉に連れ去られていく風景が眼前で起こっている。
悲鳴を挙げる暇もなく。
許しを媚びる暇もなく。
助けを求める暇もなく。
男女隔てなく殺されていく。
“こんなの、知らない……!”
これは畏怖か、あるいは悲嘆か。
秋葉は手にした魔力銃をカタカタと震わせながら、どうしようもない恐怖に押さえ付けられるように尻餅を付いた。
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