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青年の背後には無数の死骸。手にした剣には血糊と肉片。
夜、雨粒が黒い外套に身を包んだ彼を濡らす。
まるで、彼が哭く姿を隠すように。
柄を握り締める右手には既に握力を感じられない。添えるだけ。耐久型戦車夜叉の前方表面皮膚を斬ったら、それだけで弾き飛ばされてしまうだろう。
長年積んだ経験が、一寸先に拡がる死の予感を垣間見せた。
“……くそ……”
肩に輝く魔法刻印。限界まで廻り続ける体内器官。今にもブラックアウトしそうな意識が明滅する。
これまで行ってきた戦闘によって、青年のコンディションは心身どちらも最悪に近い。
血潮に沈む草原の一人、青年は仁王立ち。周囲には何重にも彼を取り囲む異形の物体が歯をカチカチと鳴らし始めた。
愚痴が溢れるのも無理ないこと。
“隠れようにも……無理だよな”
周囲はどこまでも続く平野。地上には数えるのも億劫になる数の夜叉が散らばっており、おそらく地中には蜘蛛の巣状の穴が拡がっているだろう。
逃げ場無し。死地、此処に有り。
“……ここまでかよ”
青年は呻く。
“いや、まだだ……”
仲間は死んだ。恩師も死んだ。
護ってみせる、と誓った想い人も全てこの世から旅立ってしまった。
“まだ、終われない……!”
孤立無援の最中、諦めて楽になれよ、と叫ぶ満身創痍の体躯を、大日本皇国軍人たる誇りと培われてきた気力が叱咤激励して奮い立たせる。
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