Chapter1 戦場の薫り

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『シルバーファング5、何をしている! 早く後退せよ!』  右耳に嵌めていた通信機器から怒声が響く。秋葉たちと司令部を繋げる通信兵の声だ。  “……私だ”  シルバーファング5。それは辻貝秋葉のこと。中隊規模なために、シルバーとファング、そしてシルバーファングの三つにコールサインは分かれている。  当然、シルバーファングは部隊内で最強の証。歴代最高点を叩き出した部隊で上位十名に与えられる称号は、増長していた秋葉の自信を更に駆り立てるものだった。  だが、右の網膜に表示される情報を確認してみると、シルバーファングで生き残っているのは僅か三名。  シルバーは五名。ファングは七名。  先日まで五十人を超えていた部隊の人間は、今や半分以下になっていた。 「――――ッ!」  様々な顔と名前が脳裏を過った瞬間、秋葉の撤退を援護しようとしたシルバー3が戦車夜叉の直撃を受けて呆気なく命を散らした。  胴体を中心にバラバラとなった肉片を尻目に、秋葉はただジリジリと後退するだけ。  魔法を使う意思も、反撃をしようとする反骨も既に皆無。霧散していた。 「……ッ!?」  無論、夜叉にしてみれば秋葉は人間。敵だ。逃げようとも戦おうともしない人間を前に、見逃すと云う手段を取る筈がない。  気付けば、触手夜叉の腕によって身体を持ち上げられていた。  四肢をガッチリと固定され、身動き一つできない。魔力銃も地面に投げ捨てられてある。  不思議と死への恐怖もない。  “……ああ、馬鹿だったなぁ”  思い出すのは教官の罵倒。  後悔するのは調子に乗っていた過去の自分。  走馬灯は終わり、触手夜叉の腕全体に現れた小さな口に食されるのを待つ。  ――だが、彼女は知らなかった。  戦略になり得なくても、  戦術になり得る世界最強の兵士がいることを。
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