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†
進藤は剣を握る手に有らん限りの力を込めて、三メートルを越す触手夜叉の胴体、腕、脚部その他を切り刻んだ。
頭に血が昇っていた。
進藤一樹の誇る速度そのままに霧散させた触手夜叉。そのモノが掴んでいた人間を見た瞬間、記憶の流入が止まらなくなったからだ。
「痛ッ!」
艶のある光沢を反射させる長い黒髪。透き通るような黒の双眸。化粧をつけていないからこそ、その白い美貌は輝きを放っている。
黒と青で彩られた45式強化戦闘服の下からでも、なおその存在をこれでもかと云わんばかりに強調する豊満な胸。
「一体……何が……?」
既に得物は放棄してしまったのか、彼女は何も持たずに尻餅をついたまま進藤を見上げていた。
“――懐かしいな、秋葉”
前の時代で、進藤の副官として共に幾度の戦場を駆け抜けた戦友。告白もされた。断ったけれど、それでも一緒に居続けてくれた。
大事な人だ。
共に苦酸を舐め、絶望に浸り、希望を求めて足掻いて、最後は笑顔であの世へ旅立った。
“それでも、やっぱり……”
辻貝秋葉は、進藤一樹を知らなかった。
「あ、あの……」
解っている。
秋葉に罪が無いことも。
あるいは覚えているかも、とはしたなく希望にすがった進藤が愚かしいことも。
けど、想像していた以上にこれは――。
“……ははは、キツいな畜生”
見知らぬ者を見る不審げな瞳。
突如現れた怪奇に怯える瞳。
目に見えない刃が進藤を貫いた。
「どうして……そんなに――」
「大丈夫か?」
秋葉の台詞を遮った。
そうしなければ、泣いてしまいそうだったから。
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