361人が本棚に入れています
本棚に追加
/85ページ
目尻に溜まった涙を意志の類いで捩じ伏せ、進藤は秋葉を優しく見詰める。
きっと、今浮かべている表情は辛く悲しそうなそれなのだろう。鏡を見ずとも、その程度容易に把握できた。
怪訝そうな秋葉の視線から逃げようとする弱い己を殺して、ただただひたすらに彼女の存命を喜んだ。
「は、はい」
秋葉の応えに、進藤は微笑む。
「そうか。良かった」
しかし、不思議だった。
進藤が助けに入らなければ、確実に秋葉は死んでいた。触手夜叉に捕まって、近くに戦闘続行できる仲間が居なかったのだから。
殺される土壇場で誰かが秋葉を助けたのか? そうでなければ、前の時代で秋葉が生きていた辻褄が合わないのだけど。
もしも進藤の他に、過去に戻った人間がいるとすれば――。
“あり得ない話じゃない”
現に進藤一樹は未来から過去へ時間を超越した。
否定する要因は無く、肯定する材料はここにある。
“いや、これは秋綴大佐と話せばいいことか”
答えの出ない疑問を脳味噌の隅に追いやり、自然と強張った表情で進藤は言った。
「ここにいろ。動くなよ」
腰を抜かした秋葉一人で安全に撤退できると考えられない。左翼に押し寄せる夜叉の大軍を押し留めてから、一緒に撤退するのが最も安全で速いと判断した。
左目に映る各地の戦況。
右目に映る秋葉の首肯。
良い子だ、と思い、彼女の頭を無造作に撫でる。サラサラとした肌触りに気持ちよさを覚えながらも、進藤は刻一刻と近付く夜叉に殺気と敵意を向けた。
最初のコメントを投稿しよう!