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血飛沫が舞う。
青年の53式強化戦闘服を汚し、大地に紅を刻み、さながらそれは青年の作り出す舞楽を構成する背景そのものだった。
剣の紡ぎだす間合い。剣身の届く範囲ならば、例え飛び回る蝿であっても切断してしまう斬切の結界。
まさに、飛んで火にいる夏の虫。
次々と襲い掛かる鞭を連想させる腕を切断していく。無駄のない動き。世界最強と称された剣技はだてではない。
しかし、何事にも限界がある。
四八時間以上の戦闘、魔輪の酷使に加え、様々な部下や仲間の死で張り裂けそうになる心が青年に蓄積し、累積し、山積し、音を発てて崩壊した。
「……ッ!?」
剣の結界をすり抜けて突進してきた戦車夜叉。ただ直進するだけの猪に似た生き物だが、その速さと前頭部の堅さ、全高三メートルに達する巨体は魔法を学んだ人間にとっても脅威である。
迎撃が間に合わず、腹部を直撃。
肋骨がバラバラに砕ける音、内臓が破裂する音、そして鍛えられた腹に風穴が空いたような錯覚すら覚える威力だった。
“……クソ、間に合わなかった”
ゴフッ、と吐血する。
激痛の壁は既に超えている。最早痛みも感じられない。無痛だった。
戦車夜叉は止まらずに、青年を衝撃任せに吹き飛ばした。
受け身もとれず、弾け跳ぶように地面を転がる。数十メートル転がり続け、小さな水溜まりの上で漸く止まり、青年は起き上がることもできずに仰向けで固まるしかなかった。
“……バカだよなぁ”
逃げろ、と言われた。
蛮勇だ、と笑われた。
それでも青年は戦うしかなかった。
彼らが逃げるまで、時間を稼ぐしかなかった。
その結果の死。受け入れるしかない。
それでも、自分を嘲笑うのはおかしいことではない、と思う。
薄れ行く視界の端。触手夜叉の腕全体に無数の口が生まれたのを捉えた。
ガチガチ、と無気味な音を発するそれらが青年の身体を我先にと貪っていく。
全身を咀嚼される中、消え行く自我と意識の中で、青年は愛しい人間を想い、ひたすらに願った。
“できることなら、お前のところへ”
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