Chapter1 戦場の薫り

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「成る程な。――おい、未来で私は貴様を何と呼んでいたのか教えろ」 「一樹、でしたけど?」 「では、一樹。今から紫音が貴様の拘束を解く。決して暴れたりするなよ?」  剣呑な雰囲気が一転して、拳銃を懐に仕舞った秋綴は苦笑ぎみに言った。  紫音と呼ばれたボサボサ頭の男がパソコンを折り畳み脇に抱えた直後、どのようにしたか皆目見当もつかないが、鋼鉄製のロープが独りでに動いた。  ロープはおろか手錠と首輪も外れ、秋綴の開けた鉄格子の扉を潜り、進藤は気まずい空気のなか問い掛けた。 「……もしかして、さっきのは演技ですか?」 「貴様のデータを見る限り、一般人で無いことはすぐに解ったさ。今朝の行動から敵でないことも。ただの余興だよ。貴様の覚悟とやらを見ておきたかった、それだけだ」 『――ちなみに提案したのボクだから』  再び取り出したパソコンに映し出された文字。感応系の異能者か。皇国技術所は昔そういう類いの研究をしていたから充分に有り得る話。 「だったら真面目に答えていた俺が馬鹿みたいじゃないですか」 「そう拗ねるな。お詫びと言ったら何だが、これが私から貴様へのプレゼントだ。……違う意味で、拘束具になるけどな」  十数ある独房の通路。わざと薄暗くされたその場で手渡されたのは皇国陸軍における佐官を示す黒い軍服だった。  階級章は、少佐だった。 「……いいんですか?」 「構わない。貴様は皇国技術所所属兼私直轄の特殊部隊員とする。貴様がもたらす未来情報、刻印のサンプル、今朝の奮闘、それらを統括した判断だ」 『――ちなみにボクは技術中尉だから』  灰色の囚人服を脱ぎ捨てた。  真新しい黒い軍服に袖を通す。  やはり、軍服がしっくり来る。八年間の軍隊生活が骨身に染み付いているのを実感できた。 「では、私の部屋へ行くぞ、進藤少佐」 「了解、秋綴大佐」 「あと一つだけ言っておこう」 「何ですか?」 「次、私をババアと呼んだら殺すからな?」 「……い、イエッサー」
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