Chapter1 戦場の薫り

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「…………ふぁああ」  六畳の和室。畳独特の匂いが鼻腔を(くすぐ)る。嗅ぎ慣れた香りに自然と心が安らいでいく。  部屋には背の低い机と本棚、壁に立て掛けてある一振りの剣、そして窓から射し込む陽光に照らされて漸く上半身を起こした青年の相棒である布団しか存在しない。  まるで生活感のない自室。  あくびをしながら見渡すと、やはりと云うか当然と云うべきか塵一つ落ちていない。  昨日と代わり映えしない光景。  そのことに安堵しつつも、青年は寝癖の酷い黒髪を掻きながら立ち上がった。  本音は二度寝したい。惰眠を貪りたい。一生、このまま布団の中にくるまっていたい。  しかし、仕事がある。父親から受け継いだ仕事場に恥じない鍛冶師として、その本分を果たさなければならない。  義務と約束の板挟み。  青年は上着を脱いで、作業服に着替えようとした瞬間、微かな違和感を覚えた。 「……ん?」  昨夜まで鍛冶師として必要最低限の筋肉しか無かった筈。寝る前に筋力トレーニング、もしくは魔力活性の強化練習しないとな、と考えていた。  しかし、今現在、触れずとも青年には分かった。誰よりも自分の身体を把握している彼だからこそ分かったのだ。 「なんだ、これ……」  一昔前に流行ったボディビルダーのような姿ではない。スリムな肉体に必要不可欠な筋肉が押し留められている感覚。明らかにおかしい。  加えて、 「刻印……?」
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