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桜花の元で契りし君の、頬を伝う悲しみの雫。
揺らめく姿に手を伸ばし、虚空を掴む我が指ぞ。
互いに触れしは口結び、瞳を閉じしは胸を灼く。
毎夜のように瞼に写し、夢から覚めしば枕を濡らす――。
* * *
「これ以上近付いては、いけません。だけどお願いします――ただ今だけは、傍に居てください」
桜の下で、彼女の小さな声が響いた。
それと同時に私の胸の内では、痛切な感情が生まれる。
ただ私は黙って頷く。
言葉もないままに情感は冷却され、冷めきった痛みは、遠くに霞んでゆく。
これ以上近付いては、彼女を悲しませるだろう。
だが、私の中の醜き獣がそれを望んでいることも事実。
昔のように、再びその肌に触れたいと願う。
暖かな体温を、我が身で感じたいと願う。
人を欲する心――捨てようとしていた想いの暖かさは、涙が出てきそうになるほど愛おしい。
運命の糸、人はそれを願い、人と人との結び付きを夢見ていたのだろう。
それのなんと――残酷な事か。
己の意思ではない、第三者の介入による運命。
人と人とを結ぶ『契り糸』。
そしてそれ以外の人間を切り裂く『契切り糸』。
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