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「お元気でしたか――?」
沈黙に耐えきれず声を掛けた。彼女は瞳を伏せたままに小さく答える。
「……はい」
不意に、風が吹き抜けた。たなびく艶やかな髪と、桜の花びら。
微かな土と木の匂い。そして甘く胸を衝く、彼女の温度。
「貴女は今…………幸せでしょうか?」
ざわつく胸の衝動が、声高に叫ぶ。
――彼女を奪い、この土地から連れ去ってしまえと。
――己を蝕む運命を断ち切り、彼女と幸せになろうと。
――その手を引き、肩に手を伸ばし、艶やかな髪に顔を埋め、互いの心を融かし合いたいと。
風が鳴くのを辞め、時が止まる。
一拍、視線が交差した。実際には数秒だが、無限にも感じられる長い時間。
泣きそうな視線。悲しそうな瞳。そして、美しき微笑み。
「はい――私は幸せです。だから、だから貴方も、幸せになってください」
彼女の震える声が、胸を抉る。
何故――それは愚問であろう。彼女の答えが全てだ。
胸の内に住み着き、くすぶる獣を必死で宥めつつ口を開く。
「私はもう、十分に幸せですよ。貴女に会えた、貴女を好きでいられた――それだけで、十分な程に」
一度キツく目を閉じ、彼女を見詰める。
頬を伝う涙は美しく、儚く微笑む姿はいとおしい。
私はその顔を瞼に焼き付け、瞳を閉じた。
忘れる事が無いように、忘れる事を許さぬように。
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