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それは、最下層に位置するキップには関係のない話だった。
※
火星の空から淡い太陽光が降りそそぐ。大気中に舞う砂の微粒子が光を散乱させるため、地上には波長の強い光しか届かない。だから火星の日中の空は燃えるような赤色をしている。
気温は五度ぐらいだというのに、建築資材を肩に乗せて歩くキップの頬にはしょっぱい汗が伝っていた。
彼はそれをぬぐおうとして首にかけたタオルに手を伸ばした。すると、片手を離した建築資材が肩の上でぐらぐらとバランスを崩し、あわてて千鳥足で体勢を整えようとする。
だが、既に遅かったらしく、建築資材は彼の体もろとも玄武岩と安山岩によって形成された大地に崩れ落ち、騒々しい音が辺りに響き渡った。
「いてて……」
滑石粉のような細かい塵が巻き上げられ、キップは上体を起こした。
「ちょっと、なにやってんのさ」
情けなく腰をさするキップのそばに、痩っぽちの少女がちょこんと座っていた。頬にはキップと同じ――男性は右に、女性なら左に――奴隷レプリカントの刺青がある。シエラだ。
「なんだよ」キップは恥ずかしそうに頬を掻く。「なに見てんだよ」
すると、シエラは水の入ったペットボトルをキップのそばに置いた。「ほら」どうやら配給の時間らしい。
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