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ガヤガヤと人の行き交う声や、スーツケースを引きずる音が、絶え間無く周囲を騒がしくしていた。
向こうの方では、いってらっしゃい、と数人の団体が明るい声を出して誰かを見送っている。
「ありがとね、雪くん。雪くんがいて、ホント助かったわぁ」
若い女が、ニコリ、とした笑みをつくり、そこに立っている青年のほっぺたに、ちゅっと、キスをした。
「そうそう。ホント、助かっちゃった。妙子ったら、こんなカワイイ子、隠してたんだからね。知らなかったわぁ、もう。―――今日は、どうもね」
もう一人の隣の女より幾分小柄で、少し丸顔の女が言った。
「ふふ、カワイイでしょう。バーで飲んでるのを見つけて、誘ったのよ」
「あっ、そう」
二人の女が浮かれた様子で会話をしている。
「お土産、忘れないでね。忘れたら、迎えに来ないからね」
そこにいる青年が、退屈そうな顔で片方の女を見た。
一見すると、スポーツマンらしい爽やかな感じのする青年で、背が割りと高く、顔もそれほど悪くは無い。
その眼は茶目っ気を含んで、若者らしく、キョロキョロと、時として定まっていなかった。
「もっちろん、忘れないわよ。雪くんだって、帰って来る日、忘れないでよ。荷物がたくさんあるんだから」
青年は、はいはいと、誠意の無い返事をする。
若い女は少しだけ顔をしかめるようにしたが、すぐに、ニコッと、笑い、
「じゃあ、もうそろそろ、行くわね。バイバイ、雪くん」
「じゃあねぇっ」
二人の女達は、ヒラヒラと、航空券をなびかせて、出国手続き用のゲートに向かって歩き出した。
青年はその二人がゲートをくぐる所までは見送っていたが、ふうと、一つ溜め息をついて、歩き出す。
「さて、帰ろうかな」
青年の名は、楠塚雪広(くすつか ゆきひろ)。
二十一歳で、S大の三年生である。
二ヶ月ほど前に、友人達と一緒に飲んでいたバーで声をかけられ、そこで二十三歳のOL、清水妙子(しみず たえこ)と知り合いになった。
雪広は、特別、その女に興味があったわけではなかったが、別に彼女もいなかったので、
「付き合って」
と言われて、
「いいよ」
と気軽に返事をした。
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