序幕━監獄に眠れ━

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  凍てつくような寒さに害虫すら湧かない寂しい場所。陽が当たらず、それでいて乾燥した空気が支配する世界。   地上から数十メートル以上土が掘られ形成された地下世界、無機質な石畳と鉄棒に囲まれた根暗な世界だ。   人はそこを“監獄”と呼んだ。   普段は、囚人の唸る不気味な声か、牢屋を見張る看守の欠伸くらいしか聴こえてこない比較的静寂な場所である。   しかし、その日は違った。   周りに囚人がいない特別な個室を与えられたまさに特別な囚人がいた。壁に手足を固定され、身動きはとれない。   その独房に一人の饒舌な男がいた。 「久し振りだな兄貴。元気にしてたか?ククク……って元気なわけないか。一週間近く飲み食いしてないんだもんな?むしろよく生きてたと感激するべきか?」   低い笑い声が、最後は高笑いへと豹変していた。縛られた男は力なく項垂れたままで、まるで屍のように微動だにしない。   しかし男は饒舌にいて、狂気の宿った眼差しを向け続ける。彼にとって反応は重要でない。ただ誇示したいのだ。 「兄貴は本当に馬鹿だよなあ。僕みたいな愚弟、まあ謙遜なしに愚かな弟に居場所を奪われてさ!確かに兄貴は僕の手が届かないほど高みにいた。けれど兄貴は愚直だった。悲しくなるほどにね」   語る。愚弟は愉悦に己の顔が歪んでいくことを自覚しながら。兄という越えられなかった壁をズタズタに切り刻むように言葉を続ける。 「兄貴は人望があった。力があった。血があった。けれど皇帝にはなれずに、僕なんか引きこもりのクズに居場所を奪われた。何でか分かるかい?」   兄は反応しない。 「それはね兄貴は成功しすぎたんだよ。僕みたいな常に敗者でいるクズが、失敗する度に負の感情を肥大化していくなか、兄貴は挫折を知らず前へ進み続けた。だから足元を掬われるんだ!」   感情が爆発する。愚弟は何もかも得られなかった。常に兄と較べられ、常に格下であると周囲から評価されてきた。   如何に努力しようと敵わない相手、それが兄であり、いつの間にか憎悪を抱くまでに兄を憎んでいた。
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