第一幕━散らばる意志━

2/53
前へ
/220ページ
次へ
【1】  籠から溢れそうになっている赤い実を鷲掴みにし、豪気にも齧りついた。毒々しい外見とは違い中身は僅かな酸味と甘味が同居した美味な果実であった。  豪快な食べ方で赤い果物を食した男の手には果汁が飛び散っていた。台の上に芯を残した果実が落ちている。あまり行儀がよい男ではないようだ。  しかし、然して問題ではなかった。果実の残り粕も、べとべとに汚れた手も、直ぐ様片付け、濡れた布で拭ってくれる者が間近に控えていた。  仕事が早い下僕を男は非常に喜んだ。仕事が早いということは虐げる悦びが何度も得られるからである。  果実を食し、台を綺麗にさせ、手を拭わせる。これを幾度となく繰り返した。もはや籠に数えきれないほどあった果実が綺麗に消えていた。  明らかに悪意に満ちた行為であるが、下僕は決して嫌な顔一つせずに単純な作業を完璧に幾度となく繰り返した。  彼女は男のお気に入りであった。幾ら虐げようとも決して壊れないからだ。彼女は男の“玩具”でしかなかった。  少しばかり丈夫な玩具。その程度の認識しかない。今夜はどうやって泣かせてやろうか、と嗜虐に満ちた思案を男がしていると───どこからともなく声が聴こえてきた。 「【甲】37【乙】4【丙】1」  嗄れた声だった。僅かに男の顔が苦々しいものとなる。 「……【丙】だ」 「皇国領に妙な集団が不法入国致しました」  それだけであれば情報の重要度としては甲にも満たないであろう。男は黙って続きを待つ。
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1891人が本棚に入れています
本棚に追加