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【1】
その日は月がよく見えた。空には一片の曇りもない。不気味なほど丸い満月が妖しく夜空に光り輝いていた。
海のように拡がった水面にも満月が映っている。ゆらゆらと水面が揺れる度に月も形を歪に変えた。
いけない、と私は頭を振った。現実逃避もいいところだ。満月や湖などよりも心動かす光景が眼前にあるはずなのに。
ただ私は認めたくなかったのかもしれない。いや、理解できなかったと言うほうが適切か。
顔見知りの男性が豹変していたのだ。それも、まるで獣のように獣の肉を喰らっていた。
「───マリオ様っ!!」
思わず私は叫んでいた。
見ず知らずの私にも優しく、そして皇国への道を開いてくださったお方。かつて童話に出てきた英雄のように、私が困っていたら助けてくれた。
その彼が遠吠えしながら獣の肉を貪っていた。それも顔を屍に突っ込み屍肉を周りに撒き散らしながらである。
よろよろと私はマリオ様であった“それ”に近づく。しかし、腕を引っ張られた。
「だ、駄目っ!マリオに近づかないで!」
「……ゼロちゃん」
私は言葉が続かなかった。そもそも“儀式”に巻き込まれ、私はゼロちゃんに何か魔術をかけられたのだ。
あの時の痛みは忘れられない。そしてゼロちゃんが泣きながら魔術を発動していたのも、だ。
何か事情があったのだ。彼女にも、村にも。だから私は怒っていない。それどころか先程まで忘れていた。
これもマリオ様のせいだ。私は振り払おうとした。しかし、ゼロちゃんはがっしりと胸で抱き抱えてくる。
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