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「カカカ、馬車で逃げられるわけねぇだろ。早く止まって、荷台の中を見せろヨ?」
顔から血の気が失せた。もう男にはどうしようもない。やはり荷台を捨てて逃げれば良かったのだ。
醜い後悔の塊と化していた男は、不意に鞭を振るうのを止めた。疾走させられ疲れたのか馬は勝手に速度を落とし、遂に停止した。
もはや男は、盗賊たちに従う他なかった。 こうなれば商売など関係ない。生き延びるために醜かろうと策を弄するべきだった。
にへらと男は盗賊へ笑いかけた。
「おい、あんたら荷台の“中身”が欲しいのかい?」
仲間内で不審げな表情を浮かべ、若い青年が答える。
「当たり前だろ。面倒なことは考えるなヨ?」
馬車を囲む盗賊は目算だけで20は越えていた。中規模クラスの盗賊団だ。騎乗しているのは半数にも満たないが、構成員は皆若い。最近、皇国の乱れに応じ台頭してきた盗賊団なのだろう。
「そうかい。そりゃそうだよな。じゃああんたらのアジトまで運ぼうか?」
「はぁ?何だこのオッサン?」
盗賊の大半が首を傾げた。その中で男に警告した青年が微かに不敵な笑みを浮かべた。
「そういうことかヨ。荷台の中身はやるから命だけはッつうことかナ?」
「……ああ!」
察しのいい奴がいて助かったと言わんばかりに男は強く頷いた。この際、荷や客は諦める。最悪、この生業ができなくなってもいい。他国へ逃げればいいのだ。死ねばそこで終わる。それだけは回避しなくてはならない。
先程まで強欲に支配され、全てを手に入れようとしていた男とは思えないほど含蓄のある言葉であった。
盗賊から囃し立てる声が上がる。しかし、男は気にしない。誇りなど交渉を持ち出した時から捨てている。
それよりも交渉が成功するかどうかだ。失敗したら決死の覚悟で逃げなければならず、その場合捕まれば確実に殺されるか、それ以上の地獄を見るはめになるだろう。
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