第一幕━散らばる意志━

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 少女は槍を旋風させると苦笑を浮かべた。まさか犯罪者である盗賊を叱責することになろうとは。  犯罪を、悪を憎んでいたはずだ。だが、自身も過ちを犯したことがないわけではない。  そして数日前に犯罪を垣間見ながらも捨て置いたことがある。誰にでも各々の独立した世界がある。その世界を守るために、悪へ染まってしまうことがあると知った。  少女は微かに過去の記憶が甦った。 ───かあさまっ!かあさまっ!とおさまっ!かあさまがへんじしてくれないの!  少女は首を横に弱々しく振った。あれは少女が犯罪を憎むきっかけとなった事件である。彼女の父がかつてより無口になった事件でもあった。今は関係ない。  盗賊である彼らがどのような行為をしてきたかは知らない。けれど、やはり悪を憎む強い炎は消えることなく、今でも猛々しく燃え上がっている。  それでも問答無用と成敗していたかつての自身とは違う。人は堕落する生き物だが更生する機会を与えないのも、また思考の堕落といえるのではないだろうか。 「……ぅ、ぐすっ……ぅう…ぃあ…」 「ちょ!?な、なに泣いてんのよ!私が悪者みたいじゃないっ」  唐突に青年が背を丸めて嗚咽を漏らし始めたことに、槍の名手である少女も慌ててしまう。  心を抉った感覚はあったが、まさか泣くとは思わず、僅かに少女はひいていた。  さらに、その場をややこしくする声が馬車の荷台から届いた。 「───大の大人をマジ泣きさせるとはさすが“毒舌の槍乙女”というところでしょうか」
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