甘党少女

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  ◆◆◆ 「……はやく、はやく」 彼女にしては明るく弾んだ声で急かされる。 「分かりましたから袖を引っ張らないでください。お皿をひっくり返してしまいます」 まるで飼い犬のリードを引っ張るかのような彼女の動作に、しかしこの一月彼女の望むようにしてきたのだからまるで自分は忠犬だなと苦笑する。 彼女の機嫌を損ねるような事態にならないよう細心の注意を払いつつ、リビングのテーブルに皿を置く。 「……ケーキ」 甘く蕩けそうな声音で皿の上に鎮座している物の名称を呟く彼女。さながら恋人の名を呼んでいるような様子だが、生憎と同じ声音で僕の名を呼ばれたことは記憶に無い。 茶褐色のチョコレートケーキの前で、彼女は子供のように跳び跳ねている。 その上下運動により、普段は重力に逆らっている大きな胸部もぶるんぶるんと躍動していて、自然と視線が吸い寄せられてしまう。 だが、まだ作業は残っている。 生唾を飲みながらも、生木を割くように顔を背けて再びキッチンに向かう。 そして、中身が既に入っているティーカップを持ってきて、溢さないよう慎重に配置した。 かつてはストレートティーだったそれは、ミルクを混ぜられ白く濁り、ゆらゆらと湯気を上げている。 これは彼女の分。 再度引き返し、自分用のマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、ポットから湯を注ぐ。 左手にマグカップ、右手に角砂糖が入った瓶を持ってリビングへと舞い戻る。 角砂糖を見るや、彼女は待ってましたとばかりに瓶を受け取って蓋を開けた。 そこから角砂糖を取り出し、ミルクティーへと放り込む。この動作を六回繰り返し、予めカップに入れておいたスプーンで中身をかき回した。溶けきるのか甚だ疑問である。 その動作中、ちらりとこちらのカップを一瞥し、一言。 「……そんな泥水、よく飲めるね」 「全世界のコーヒー党の人に謝ったほうがいいですよ?」  
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