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そして風香は掃除用具入れのロッカーの前まで来ると立ち止まり、ロッカーをトントン、と指で叩いた。
その風香の動作で、隼人の背筋におぞましい悪寒が走る。
「まさか……」
隼人が目を見開いてそのロッカーと風香を見ていると、風香は満足そうな笑みを浮かべ、ロッカーの扉を開けた。
すると、中から掃除用具が大きな音を立て床に倒れ、それと一緒に人が一人、中から床に倒れたのが見えた。
それが誰なのか、確認するまでもなかった。
「莉菜!」
両手両足を縛られ、身動きが取れないまま地面に叩きつけられた莉菜は、体を微かに震えさせて、痛みに悶えているように見える。
隼人は慌てて莉菜の傍に駆け寄ろうとするが、風香が倒れた莉菜の首筋に小さなナイフを当てて、今までに見たこともない冷酷な瞳で隼人を睨んだことによって、隼人は息を呑んで足を止める。
「そうそう、莉菜ちゃんが大事なら勝手なことしないでね。私も、莉菜ちゃんは大事な友達だから、あまり変なことしたくないし」
「……大事なら、こんなことするなよ……!」
「それとこれとは話が別なんだよねぇ。というか、次元? うん、そんな根本から違うことだから、比べるのも馬鹿馬鹿しいっていうか?」
そう言う風香の表情は既に元の落ち着いた笑顔に戻っており、それでもその口から発せられる、楽しげだがどこか棘がある言葉は変わらない。
そんな楽しそうに話し、縛られ、痛みに悶える莉菜を恍惚とした表情で眺めている風香。隼人はそれを見ながら、頭の中で必死に莉菜を取り返す手段を考えていた。
力ずくという方法は真っ先に思い付いたが、風香と莉菜の距離が近すぎること、リスクが高すぎることで一蹴。
紘己を待つのもアリかと思ったが、時間が掛かりすぎる。彼の家から学校まで、早くても四十分は掛かるのだ。それまで時間稼ぎをする自信も話術も、隼人は持ち合わせていなかった。
ここにきて、隼人は事前に警察へ通報しておけば良かったと後悔していた。
──いや、学校へ来る前にその考えには至っていたのだ。だが、もしかしたらこれは風香の悪い冗談なんじゃないかと、警察なんて呼ぶ必要無いんじゃないかと、そういった楽観的な思考にしがみついていたのである。
この現状を、目の前にするまでは。
洒落にならない、この惨状が。
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