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そんな、浅くて馬鹿げた考えだった。
「──隼人、ダメッ!!」
その莉菜の声にハッとして、隼人は風香に腕が届くギリギリの所で足を止めた。
莉菜が隼人を止めたのは、何もこんな状況ですら風香の身を思ったワケでは断じて無かった。
むしろ、隼人の身を思っての言葉である。
「な──……」
──すんでの所で止まった隼人の首筋からは、一筋の切り傷が出来ていた。
そして風香の持っているナイフの切っ先には、月明かりによって鮮明に赤く光る血液が付着している。
──切られた。隼人は首筋に走る鋭い痛みを感じることでようやく、そのことに気が付いた。
風香は隼人が自分のナイフの間合いに入るタイミングに合わせて、彼の首筋目掛けてナイフを振るったのだ。
殺す気だっただろう。現に莉菜が隼人を止めていなければ、ナイフは頸動脈に達し、彼は出血多量で死んでいた。
「う、うわっ!」
傷口を押さえ、慌てて隼人はその場から飛ぶように後ろに下がる。
「ふふ、今のナイス判断だったよぉ? 莉菜ちゃんよく知ってたね。私がこれの扱いに慣れてるって」
そう言いながら、風香は血が付いたナイフをくるくると器用に片手で回す。
ナイフの扱いだけではない。風香は、莉菜をいたぶって隼人に気が向いていなかったにも関わらず、迫ってくる隼人との距離を完全に把握していた。
喧嘩慣れなどというレベルでは、決してなかった。
「別に……ただ、なんとなく、よ……」
「ふぅん、そう」
短くそう言って、冷酷な目をした風香は、莉菜を見ながらしゃがみ、そのままナイフで彼女の頬の皮を裂いた。
「つ、ぅ……!」
「おい、お前マジでいい加減に──!」
「黙りなよ。っていうかさぁ、言ったよね。莉菜ちゃんが大事なら変なことするな──って。これはそれを破った罰なんだから」
「…………!」
隼人は奥歯を噛みしめ、拳を爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめた。
「で、なんでこんなことしたかだっけ。……解らないよねぇ、隼人くんも莉菜ちゃんも鈍感だし」
「……鈍感……?」
「そ。二人とも私の気持ちに全然気付いてくれないんだもん。二人が付き合うずっと前から、私はそのことを伝えてたのに」
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