迷子の僕に。

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「ただいま」   家に帰って、「ただいま」と言うのは、いったい何日振りだろう。 リビングのドアを開けると、母さんが晩ごはんを作っていて、「早かったのね」と言った。 スパイスのいい香り。 今日はカレーのようだ。 父さんの大好物。 俺は考え込んだ。 母さんと話すのは3ヶ月ぶりだろうか。 なんと声を掛けよう? 俺は、なかなかいい言葉が見つからず、考え込んでいた。 そんな沈黙を不審に思ったのか、母さんが包丁を置いて、俺の方を振り返る。 うしろ姿じゃなくなった母さんは、俺を見て途端に顔色を変えた。 気まずそうに視線をそらす。 「なに…、あなただったの…」   どうやら父さんと間違えていたらしい。 なんだろう。 悲しいとか、寂しいとかいう感情は見当たらなかった。   ただ、静かにおかしさだけがこみ上げてくる。   俺の口から、吐息が漏れる。 …いや、それは笑い声だった。 机に置きかけたバッグをまた手にして、 困った顔の母さんに笑いかけて、 俺はドアを開けた。 「ごめんね、困らせて」 そのまま、俺は靴を履いて外へ出た。 母さんの、俺を呼びとめる声なんてするはずない。   誰も、俺のことなんていらないんだろ。 足は自然と、あの場所へと向かっていた。   ほら、やっぱり。 ここにも、俺の居場所なんてないじゃないか。
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