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「そういや、合鍵持ってたのね。忘れてた。それで入ってこれたんだ」
「……返したほうがいいなら返すぜ」
柚はそれには答えず、しばらく沈黙してから、尋ねた。
「で、今日は何の用?」
「……何の用って、そりゃ……」
今度は、早生が沈黙する番だった。
その沈黙があまりにも長いので、柚はまた呆れて、ため息をつく。
「みかん、あるよ。食べる?」
「ん、もらう」
柚は台所に行って、実家から送られてきたダンボールに詰まったオレンジ色の果実を六つほど手にとると、コタツに戻ってきて早生に向き合って座った。
「ありがと」
早生の口から思わぬ言葉を聞いて、柚はみかんを一つ、テーブルから落としてしまった。
何をしてあげても当たり前、という風情で億劫そうにしていたこの人の口から、感謝の言葉が出るなんて。
柚が落としたみかんを早生が拾い上げると、皮をむきはじめた。
柚も、自分のみかんを一つ取り、皮をむく。
「…………」
「…………」
むきながら、二人は無言。
何を話せばいいか、わからなかった。
その居心地の悪さに耐えかねたのか、早生が言った。
「みかんってついつい食っちまうよな。俺、子供の頃調子に乗って、一日二十個くらい食べてたら、手や足がオレンジになったことあるぜ」
「……そう」
柚は自分でも、無愛想な返事だと思った。
しかし笑いたい気分ではなかった。
特に、病院であんな診察結果を聞かされてきた後には。
そんなことになったのが目の前にいるこの男のせいだと思うと、余計に。
無言のまま、二人はみかんを口にする。
実家の父母が愛情込めて育てたみかんの果肉は優しく甘く、爽やかな酸味が口の中に広がる。
子供の頃、よく実家の果樹園で勝手に食べたっけ。
……帰ろうかな。
こんなアパート、引き払って。
仕事は別に、実家を手伝ったっていいんだし。
その時、早生がふと、呟くように言った。
「このみかんはいいな。種がなくってさ。俺、種のあるみかんって嫌いなんだよな。いちいち種を吐き出すのが面倒だろ。うっかり噛んじまったら、苦い味するしさ」
「そうね。このみかんは種のない品種だから」
「ふーん。種ができないのか。じゃあ、どうやって子孫を残すんだ?」
「みかんは普通、種からは育てないの。接ぎ木をして繁殖させるのよ」
「……へえ」
早生は素直に、感心しているようだった。
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